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💡 スキ数より購読・紹介が増える投稿。「考えさせられた」系コメントが来る。
<!-- 🖼️ ヘッダー画像: デジタルと人間が融合するような抽象的なビジュアル。暗い背景に光が差す、知的で温かみのある印象 -->
## How to AIは腐る。僕らは熟成する。
山口県で会社を経営しています、つついこうきです。
AIを使えば使うほど、自分の存在意義がなくなっていく気がする——そんな感覚になることはありませんか?
自分の判断が、自分の言葉が、AIに飲み込まれていく感覚。
これ、ぼくだけじゃないと思うんですよね。
そういう人もいるだろうけど、**そうでない存在にもなれると思うんですよね。**
今日はその感覚の正体について、ぼくなりの解釈を一つ書いてみます。
<!-- ✅ 目次: ここに目次ブロックを挿入([+]→目次) -->
### 🔀 AIとの関わり方は、2種類に分けられるんじゃないか
ぼくの中で最近、AIとの関わり方が2種類に分けられる気がしていて。
**「AI USE」と「AI INCLUDE」。**
AI USEは、既存のワークフローの中でAIに作業を置き換えること。
文章を書かせる、要約させる、調べさせる。
道具として賢く使う、消費者としての関わり方です。
AI INCLUDEは、AIを自分の思考・事業の一部として内包して、そこから新しいものを生み出すこと。
AIなしには存在しえなかったプロダクトや発想をつくる、生産者としての関わり方。
冒頭で書いた「存在意義がなくなる感覚」は、USE側にいるときに起きるんじゃないかと思っていて。
自分の思考をAIに外注するから、自分の言葉が育たない。
自分の判断をAIに委ねるから、自分の視点が消えていく。
そしてUSEには、もう一つ問題があるかもしれない。**賞味期限があるんじゃないか**、ということです。
「プロンプトを上手に書くスキル」って、3年後にどれくらい価値を持っていると思いますか?
AI企業が最終的に目指しているゴールは、AIが電気や水道みたいに「使っていることを意識しない」状態になること。
だから「AIを使っている」という体験がある時点で、まだv1.0の段階なのかもしれない。
使い方を学ぶ投資は、文明の発展と逆行しているんじゃないか、という気がしています。
<!-- 📸 画像挿入: シンプルな対比図。左:道具としてのAI(消費者)、右:内包されたAI(生産者)。矢印の向きが違う。 -->
### 🏭 イシューを持つ者だけが、INCLUDEできるんじゃないか
ここが、今日一番話したかったことで。
なぜINCLUDE側に立てる人と立てない人がいるのか、という話です。
エンジニアはシステムを起点にビジネスを考えがちなんですよね。
「こういう仕組みが作れる」から始まって、後からビジネスに当てはめていく。
だからAIも、道具として「使う」視点になりやすいんじゃないかと思っていて。
でも現場にいる人間は、最初から願望を起点にしている。
「あんなことできたらいいな」「これがあったら楽なのに」。
のび太くんって、ひみつ道具を使いたいわけじゃないんですよね。
空を飛びたい、南の島に一瞬でたどり着きたい、ジャイアンに勝ちたい。
何かを得たい、何かから逃れたい。そのために、ひみつ道具を使う。
「この道具を持ったけど何に使おう?」というスタートじゃない。
AIも同じで、願望やイシューが先にある人が、自然にINCLUDE側に立つんじゃないかと思っていて。
**痛みと願い——何かから逃れたい、何かを得たい——その切実さが、INCLUDEの起点になるんじゃないか。**
ぼくはコードを一行も書けないけど、今はShopify↔kintone連携システムを一人で動かしています。
できた理由のひとつは、リソースがなかったから。
エンジニアがいれば既存の方法を使う。
でもぼくには何もなかったから、AIと二人でやるしかなかった。
制約が最短経路を発見させた、という感覚があります。
これは個人の話というより、構造の話なんじゃないかと思っていて。
現場にいる人間だけが、本物のイシューを知っている。
でもほとんどの人は、自分のイシューを言語化できない。
「なんかうまくいかない」「なんかしんどい」。
この「なんか」が、実は一番大切な情報なんですよね。
今まで、この「なんか」は外部に翻訳を頼むしかなかった。
AIが翻訳を担った瞬間、**「言語化できなくても前に進める」**ようになったんじゃないかと。
> イシューは現場にある。ずっとそこにあった。取りに行く道具が、なかっただけだ。
エンジニアが「AIを使いこなす」訓練をしている間に、現場の非エンジニアが「AIと共にイシューを解く」回路を作り始めている。
スキルの格差が逆転するという話ではなくて、**問いを持つ者が主役になる時代が来ているんじゃないか**という気がしています。
<!-- 📸 画像挿入: 現場感のある写真。「イシューはここにある」という感覚を伝えるもの -->
### 🔑 そもそも「イシュー」って何か
ここで少し「イシュー」という言葉の話をしたくて。
英語の "issue" の語源はラテン語の "exitus"——出口、出ていくもの。
法律用語では「争点」、つまり**裁判で決着をつけるべき核心の問い**を指す言葉です。
Problemとの違いが鋭くて。**Problemは状態。Issueは解決を求めている点。**
「うまくいかない」「なんかしんどい」——これはProblem。ただそこにある状態です。
でもそれを「だから何を解決するか」に変換した瞬間、Issueになる。
じゃあなぜ99%がProblemのままにしてしまうのか、という話で。
「この作業、めんどくさいな」「この業務、めっちゃ無駄やな」——この感覚は正しいんですよね。Problemのシグナルとして。
でも、そのProblemを受け入れることに力を注ぎ続けると、やがてそのシグナルが届かなくなる。
取引先ごとにフォーマットが違う発注書を、担当者が毎日手入力している。
そういう業務が会社の中でいつまでも残り続けるのは、能力の問題じゃなくて、**「受け入れることへの慣れ」**なんじゃないかと思っていて。
「人が足りない、もう一人必要だ」という発想になってしまう。
「そもそもこの業務、なくせないか?」という視座に立てない。
GitHubでもこの語義がそのまま使われていて。
バグでも機能追加でも、全部Issueとして立てる。
設計思想として「Issueが先、コードが後」——何を解決するか定まらないと書き始めるな、という順番になっている。
そしてIssueには規模がある。GitHubでは規模の大きなIssueを**Epic**と呼んでいて。
全体像で言うと、こんな階層になっているんじゃないかと思っていて。
```
超特大Epic:利益(Value)
↓ 分解
経営戦略
↓ 分解
事業戦略・機能戦略
↓ 分解
プロダクト・部門のIssue
↓
output(PR)
↓
Value(超特大Epicに還元)
```
大事なのは、全部のIssueのベクトルが揃っていること。
上のEpicに繋がっていないIssueは、どれだけ丁寧に解いても、Valueに届かない。
そして——**世の中の99%がProblemをそのままにしている。**
見えているのに、Issueにしない。
Issueにするには、上位のEpicが必要だから。
痛みと願い——Pain or Hope——がEpicとして立ち上がった瞬間、ProblemがIssueに変わる。
EpicからIssueへの分解の仕方は、また別の機会に話したいと思っていて。
ただ今日言いたいのは、**ProblemをIssueにできる人が、INCLUDEできる人だ**ということで。
### 🧥 ベストフィットのない世界が、壊れようとしている
少し別の角度から考えてみると。
世の中で売られているものは、全部「広く全般にフィットする」ように設計されています。
服がそうで、全サイズを同じ数量作るわけじゃない。
統計的に計算して、ボリュームゾーンを多めに作る。
プロダクトも、サービスも、ソフトウェアも同じで。
市場は「買ってくれる人がどれくらいいるか」を見て、ジャストフィットより広くフィットするものを作ってきた。
だから**ベストフィットは存在しない**。フルオーダーメイドは高い。
そういう世界でずっと生きてきたんですよね。
でも、その世界が壊れようとしているんじゃないかと思っていて。
のび太くんが「ジャイアンに勝ちたい」という切実な願望を持ったとき、ドラえもんはその願望にぴったり合ったひみつ道具を出す。
フルオーダーメイドが、その場で生まれる。
自分の「あんなことできたらいいな」を起点にAIと動けば、今まで「市場にない」と諦めていたものが、自分の手の届く場所に来る。
だから見つめるべきは、使い方じゃないんですよ。
<!-- 📸 画像挿入: 「ベストフィット」のビジュアル。大量生産の既製品と、一人のためだけに作られたものの対比 -->
### 💡 How to AIじゃなくて、イシューと願い。
ぼくの中でこういう公式があって。
**{ (Context × Prompt) × AI model = output } × Dev**
一番シンプルな見方だと、`AI input × AI model = output`。
でもこの見方をしていると、「新しいモデルが出たぞ!」に釣られ続けることになるんですよね。
AIモデルだけが変数に見えるから。
でもinputって、実はひとつの塊じゃないんじゃないかと思っていて。
**input = Context × Prompt**
Contextは自分が持ち込む背景——何を知っていて、どんな現場にいて、どんな痛みを抱えているか。
Promptはそこからどう問うか——どう言語化して、どう問いを立てるか。
この二つは分かちがたく絡んでいて、互いに規定し合っている。だから()でくくっている。
そしてAIモデルは、この公式の中の**一変数に過ぎない**んですよね。
向こうが勝手に進化してくれる変数。だからそこへの投資対効果は、下がり続ける。
中学校の数学は「Xの値を求めよ」なんですよね。ビジネスの世界は「Xを最大化せよ」。
でもそのXが何かは、自分で決めなければならない。
スタートはValue(X)で、「Valueをここまで持っていこう」と仮の目標を置いてから、何が足りないかを逆算する。
「Contextを増やせるか? 開発環境のどこかで速度を上げられないか?」という問いになる。
**うまく使えることと、Valueの最大化はノットイコール**なんですよね。
USE的な発想はAI inputを塊のまま × AIモデルで、inputの中身——ContextもPromptも——深く掘らずに終わる。
開発環境もほぼ素通りしていく。
じゃあどうせ磨くなら。AIモデルは向こうが進化する。
だから**Context**(何を持ち込むか)と**Prompt**(どう問うか)と**開発環境**(サイクルをどう回すか)の3つなんじゃないかと思っていて。
開発環境というのは、この式をぐるぐると回し続ける場のことで。
たとえばGCPでシステムを構築するとき、ChatGPTで書いたコードをコンソールに貼り付けて、エラーが出たらまたチャット画面に戻って——チャットとコンソールを行き来するだけで時間が溶けていく。
でも同じGCPの構築でも、GitHubとClaude Codeにしたら、ログはCLIでそのまま見に行ける。
デプロイ結果は即時でわかる。コードのコピペが要らない。
同じ実装で、半分以上の時間が変わってくる感覚があります。
デプロイ→エラー検知→リファクタリングのサイクルをいかに速く回せるか。
開発環境が良ければ、ContextとPromptが磨かれるたびにその効果が即座に返ってくる。複利になる。
ここで一つ気づいたことがあって。式は左から計算するんですよね。
だからinputの使い方を勉強するというのは、左から順番に手を動かしているということで。
でも、Valueが定まっていなかったら?
いくらinputの仕方を磨いても、どこに向かっているかわからないまま計算し続けることになる。
「AIを使いこなす」という方向に流されてしまうと、これが起きるんじゃないかと思っていて。
起点はValueで、ValueへのEpicを自分が立てる。
ぼくらは与えられた問題を解くんじゃなくて、**自ら問いを立てなければならない**。
それがイシュー起点であり、痛みと願いを起点にすることにつながるんじゃないかと。
ただ、この式にはまだ続きがあって。
**output × イシュー(Pain or Hope) = income − cost = Value**
outputを出しても、それで終わりじゃないんですよね。
そのoutputが誰かのイシューに掛け算されて初めて、Valueになる。
イシューがなければ、どれだけ良いoutputでもValueは生まれない。
ミクロで式を見ているとoutputで完結して見えてしまう。
でも資本主義はずっとValueを起点に動いてきた。
outputはValueを生み出すための手段に過ぎない——その視野で見たとき、第一式と第二式がつながる。
そしてINCLUDEできる人は、**この二つの式の両端にイシューを持っている**んじゃないかと思っていて。
最初のContextとPromptをイシューが育てて、最後のValueへの変換もイシューが担う。
イシューが起点にあるから、outputがそのままValueに届く。
> How to AIは腐る。僕らは熟成する。
「How to AI」という問いは、AIモデルという一変数の使い方を磨こうとしている。
でもそこに投資するほど、Valueから遠ざかっているかもしれない。
見つめるべきはValueで。Valueは `output × イシュー` で生まれる。
そのイシューは、あなたの現場にしかない。
AIはどれだけ賢くなっても、あなたが現場で積み上げてきた痛みと願いのイシューを持っていない。
**そこにしか宿らないものが、Valueを決める。**
<!-- 📸 画像挿入: 「自分の願望を見つめる」イメージ。内側を見ているような、静かで内省的なビジュアル -->
### 🌊 USE勢は薄くなる。INCLUDE勢は濃くなる。
最初の感覚に戻ります。
「AIを使うほど、自分の存在が薄まっていく気がする」——この感覚は、もしかしたら正しいのかもしれない。
USE側にいる限り、本当に薄まっていくんじゃないかと。
でも逆も真で。
**USE勢は薄くなる。INCLUDE勢は濃くなる。**
INCLUDEする人は、AIとの対話を通じて自分の思考が深まっていく。
痛みと願いを起点にAIと動くから、自分だけの言語が生まれてくる。
ぼくは今、濃くなっている実感があります。
それはAIへの投資ではなくて、自分のイシュー——痛みと願い——への投資の結果なんじゃないか、という気がしています。
AIを使えば使うほど、自分の存在意義がなくなる——そう思う必要はないんですよ。
むしろ逆で。
自分のイシューを起点にAIと動けば、使えば使うほど自分が輝いていく。思考が深まる。言語が育つ。自分にしか生み出せないValueが積み上がっていく。
**あなたの存在意義は、あなたのイシューの中にある。**